報告書を提出すると、いつも上司から大量のダメ出しが入る。
込み入った内容をメールで伝えようとしても、なかなか理解してもらえない。
あなたは、このような悩み持っていませんか?
悩むまではいかないにしても、「文章の書き方を体系的に学んだことがないので、自分の書き方にイマイチ自信が持てない」という人はかなり多いのではないでしょうか。
この本によれば、いくつかのポイントを押さえることで、誰でも論理的で明快な文書を書くことができるといいます。
本記事を読むことで、短時間でそれらのポイントを理解していただけると思います。
ものすごく簡潔な要約
- 仕事の文書を書く時の心得は下記の通り。
- 述べるべき内容を十分に精選すること。必要なことは洩れなく記述し、必要でないことは一切書くな。
- 事実と意見をはっきり区別して書くこと。ここが曖昧だと、論理の組み立てがぐらぐらになってしまう。
事実を記述する文には、主観に依存する形容詞を使ってはいけない。
意見を記述する文では、頭(=私は)と足(=と考える)を省いてはいけない。
- 記述の順序に関する要件は、下記の通り。
- 文章全体を論理的な順序にしたがって組み立てること。文の流れをたどっていくと、自然に結論に導かれるように書くのが理想である。
- 読み手がまっさきに何を知りたがるかを考えること。表題あるいは書き出しの文を読めばその文書の最も重要なポイントがわかるように配慮すべきである。(=重点先行主義)
- 明快な文章を書くための要件は、下記の通り。
- その表現が一義的に読めるか、他の意味にとられる心配はないか、吟味すること。
- はっきり言えることはスパリと言い切り、ぼかした表現をさけること。
- できるだけ普通の用語を使い、なるべく短い文で文章を構成すること。
- 文書を書き始めるにあたり、何を目的としてその文書を書くのかを熟考し、それを一つの文(=目標規定文)にまとめること。そして、その目標に収束するように文章全体の構想を練ること。
- それぞれのパラグラフ(=段落)には、そのパラグラフで言いたいことを要約した文(=トピック・センテンス)を必ず書くよう心がけること。トピック・センテンスと関係のない文や、トピック・センテンスに述べたことと反する内容をもった分を同じパラグラフに書き込んではいけない。
この本のおすすめポイント
- 序章の密度がすごい。
この本は全11章からなる構成なのですが、序章と題した第一章の濃さが尋常じゃありません。わずか11ページで、重要なことをほとんど語りつくしてしまいそうな勢いです。
序章で読者を圧倒してしまった後は、いわゆる「ずっと俺のターン」状態。読者はその後の10章、ひたすらうなずきながら一気に読み進めてしまうことになるのです。 - ビジネス文書の基本が叩き込まれる。
「理科系の作文技術」というタイトルになっていますが、この本は、理系・文系問わず全ての社会人(&学生)が、作文技術のバイブルとして手元に置いておくべきものだと思います。文書を書く上での大原則を説くところから始まり、材料の集め方、文書の組み立て方、各パートの書き方、その他細かいテクニックの数々まで、手取り足取りわたしたちを導いてくれます。
数々の教えの中でも最重要なのは、やはり「事実と意見は分けて書け」だと思います。今までの私の会社人生で、これができずに何度怒られてきたことか!本ブログを読んでいる新入社員の方は、今日はこの教えだけでも覚えて帰っていただければと思います。
また、これは文書を書く時だけでなく、上司に口頭で報告するときにも守るべき教えですよね。これができていないと、いくら論理を積み上げても全くの無駄。例え報告が熱を帯びてきたとしても、事実の説明に形容詞が紛れ込んでしまう、といったことがないようにしたいものです。
教養王のきづき
- 書くことは考えること。書くことは説明すること。
この本は、ひたすら論理的な文書を書くための方法をわたしたちに教えてくれます。しかし、それだけではありません。論理的な文書を書けるようになるということは、それ以前に、論理的に考えることができるようになる、ということです。さらに、論理的な文書を書ける人は、きっと論理的な説明ができる人であるに違いありません。
つまりこの本は、作文技術を通して、考えて説明するという、仕事の一番基礎的なことを教えてくれているのではないかと思います。
そう考えると、この本は常に手もとに置いて定期的に読み返し、書いてあることを頭に深く刻み込む、そういう使い方をするべき一生物の本なのではないかと感じました。 - 作文技術は、日本人のweak point。
この本によれば、日本の学校における作文教育は文学に偏向しており、心情の動きがどれだけ生き生きと表現されているか、といったことに力点が置かれており、論理的な作文技術はあまり教えられていない。これに対し、欧米の学校では事実と意見を正確に記述する訓練、またはその方法論を、小学校段階から体系的に教えている、といいます。
また、修飾句・修飾節が修飾すべき言葉の後にくる英語に対し、修飾句・修飾節が前置される日本語は、文全体を読んで初めて内容が理解できるような文になり易い傾向があるといいます。
さらに、意見を正面から相手にぶつけることを良しとしない文化をもつ日本人は、ぼかした表現や曖昧な言い方を好む傾向にあるともいいます。
これはつまり、日本人は教育カリキュラム的にも、言語の構造的にも、文化からくる性格的にも、論理的な文書を書くことに長けていない、ということだと思います。世界で欧米の企業やビジネスマンを相手に勝負をしようと思ったら、我々は彼らに対してビハインドを背負っているのだということを自覚して、謙虚に努力を重ねていかなければならない、と感じました。
コメント